一般社団法人日本環境教育学会 気候非常事態宣言

2021年12月15日
一般社団法人日本環境教育学会 理事会

はじめに:気候危機と気候正義
 人類社会は気候変動による危機に直面している。温暖化による平均気温・海面水温の上昇によって、従来からの気候パターンが大きく変化し、かつてない規模の豪雨や豪雪、熱波などの気象災害が近年、世界各地そして日本国内でも発生するようになった。産業革命以来、特に先進国を中心に化石燃料を大量に消費してきたことで生じているこの状況を、将来世代に負わせることは世代間公正の大きな問題である。加えて、一人当たり温室効果ガス排出量が少ない島嶼国や特定の地域・人々に甚大な影響が及ぶなど、世代内公正も含んだ「気候正義」の視点を忘れてはならない。

国際的な取り組みの経緯
 国際社会が主要課題として「環境」をとりあげた初めての世界的会合は、1972年6月にストックホルムで開催された国連人間環境会議であり、その成果として「人間環境宣言」(ストックホルム宣言)を採択し、国連環境計画(UNEP)の設置を決めた。わずか半世紀前のことである。その20年後、1992年6月には国連環境開発会議(地球サミット)がリオ・デ・ジャネイロで開催された。そのサミット直前の1992年5月に採択され、サミットの場で署名が始まったのが、地球温暖化を防ぐための国連気候変動枠組条約(UNFCCC)である。

 条約加盟国は毎年、締約国会議(COP:Conference of the Parties)を開催する。京都で開催された COP3(1997年)では、主として先進国に二酸化炭素など温室効果ガス排出削減を求める「京都議定書」が採択された。その後の大きな進展として、パリで開催されたCOP21(2015年)では、産業革命前からの気温上昇を2 ℃(できれば1.5 ℃)以内に抑えるために、今世紀後半までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにするという長期目標に向けて、発展途上国を含め全世界が参加する「パリ協定」が採択され、翌年には発効した。グラスゴーで開催されたCOP26(2021年)では、より速やかに気温上昇を1.5 ℃以内に抑える必要性が共有された。

 世界各国が参加する「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第6次評価報告書第1作業部会(AR6-WG1、2021年)は、18世紀半ば以降の「温室効果ガスの濃度増加は、人間活動によって引き起こされたことに疑う余地がない」と断定した。同報告書によれば、産業革命前からの気温上昇はそれ以降の累積の二酸化炭素排出量とほぼ比例することから、気温上昇を 1.5 ℃以内に抑えるためには、温室効果ガス排出を全世界で速やかに大きく削減し、実質的にゼロにする(カーボン・ニュートラルを実現する)ことが求められる。

本学会が果たすべき役割
 本学会は1990年の設立以来、環境教育に関わる人々の学術コミュニティとして研究と実践を積み上げてきた。日本の環境教育は、高度経済成長期に生じた公害や自然破壊などの問題に向き合う地域の教育実践から始まり、今日では人類社会の生存に関わる重要な課題、すなわち持続可能な社会の実現につながる教育の主要な軸を担っている。近年では地球温暖化・気候変動の進行に加え、これまでにも東日本大震災とそれに伴う原発災害、新型コロナウイルス感染症(COVID19)によるパンデミックなど、環境と社会に関わる重要な問題に向き合ってきた。気候危機に直面するいま、環境教育の果たすべき役割が「緩和策」と「適応策」の両面で期待されている。

 環境教育においては、もとより知識や技能の習得にとどまらず、問題を読み解く態度をもち、行動することが大切にされてきた。あらためてこの原点に立ち帰り、持続可能な未来へ向けた社会変革の担い手を育てることを重要な使命ととらえ、環境教育に関する研究及び実践の推進を目的とする学術団体として、気候危機に際して、次のような取り組みを行う。

気候危機に際しての本学会の取り組み
(1) 学会内の研究会制度や学会誌における特集などを通して、気候変動教育の研究・実践に関する知見が集約・共有されるよう働きかけ、その成果の社会的還元により気候変動教育の深化と普及を図る。
(2) 学校教育から社会教育まであらゆる教育現場における気候変動教育を多角的に評価し支援するとともに、気候危機に対応する新たなプログラムの開発と実施を推進する。
(3) カーボン・ニュートラルに向けた社会変革につながるユース世代の活動を奨励する。
(4) 学会刊行物や各種会議資料など紙媒体で印刷発行していたものの見直しや、オンラインも活用した各種会議の開催および会員交流の活発化など、学会運営のあらゆる場面において環境負荷の低減や温室効果ガスの排出削減に努める。
(5) 上記(1)~(4)の動きを学会内外にひろく発信し、国、自治体、学校、企業、団体、市民等あらゆるステークホルダーに対して、非常事態との認識に沿った行動を呼びかける。また関連団体との連携を進め、特に本学会の支部活動において、各地域の関連諸団体との連携を図る。

※ 本宣言文は、理事会の承認を経て設置された「気候非常事態宣言起草ワーキンググループ(WG)」にて草案が作成され、会員へのヒアリングを経て同WGにて修正された文案をもとに、理事会において最終決定したものである。

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【略語、用語の解説】
AR(Assessment Report):IPCCの評価報告書で、1990年、1995年、2001年、2007年、2014年に続いて、第6次報告書(AR6)は2021年9月にWG1(自然科学的根拠)が発表され、2022年に残る部分を発表予定。政策決定者向け要約(SPM)は幅広く注目される。
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change):気候変動に関する政府間パネルは、1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって設立された。新たな研究を行うわけではなく、世界中の気象・経済・政策研究者を招いて気候変動に関する数多くの文献をレビューして、評価し、評価報告書として公開する。本部はジュネーブ。
UNEP(United Nations Environment Programme):国連環境計画は、国連人間環境会議(1972年)を契機に国連に設置された常設の機関。本部はナイロビ。
UNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change):国連気候変動枠組条約は、1992年に採択された条約。1994年に発効。枠組条約であり、温室効果ガス排出量削減などの詳細は、京都議定書(1997年採択、2005年発効)、パリ協定(2015年採択、2016年発効)等のように参加国間で別に合意を策定する。世界の大多数の国々が参加している。本部はボン。
WMO:世界気象機関は、19世紀に遡る歴史をもち、1951年に設立された国際機関。本部はジュネーブ。
緩和策・適応策:「緩和策」とは、温室効果ガスの排出抑制や森林等の吸収源増加などによって気候変動を緩和させる取り組みである。「適応策」は、既に現れている気候変動の影響による現世代へのリスクを軽減するための取り組みである。

 

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